母の終活2

 

83歳の母が大動脈解離により入院して22日が経過している。動脈の乖離部分は癒着したようだが、腎臓機能が弱るなか透析治療は行わないことを病院側に伝えたところ、治療行為がない場合は退院となることを通告された。

病院は終末を看取る機関ではないことをしっかりと説明いただいたことでことで、在宅看護への踏ん切りがついた。

 

さて、知識も前勉強もない「在宅看護」どうすべきかは走りながら考える、イケイケでいくしかなくなったのだが、まずは「包括支援センター」という「福祉の交番みたいなところ」があると、病院の親切な若い看護師から聞き、電話をかけて事情を説明すると、日曜日にも関わらす、夕方には介護ベット、歩行補助機、車いす、ポータブルトイレをセッティングをしてくれた。対応してくれた方も非常に親切で、こういったひとつひとつの親切と心配りに助けられる。

 

このやりとりのなか、母親はまだ介護保険の対象にはなっていなかったため、介護保険の申請を市役所にだし、介護認定のための市役所所員による「調査」によって介護認定のランクが決まることを初めて知る。明日はその申請にいくことにしている。

 

母の容態は、不思議なことに退院が決まってから呼吸もいくぶん楽になり落ち着いている。

 

夜は私が泊まり込んで面倒をみているが、うちの息子や姪たち、母にとっては孫たちも駆けつけて、あれこれと世話を焼いてくれているのも母の体調に良い影響を与えてくれたようだ。特に妹家族の姪っ子3人は細々とした母の身の回りのことをしながら母の話相手にもなってくれ、私も日中にそのおかげで一息をつくことができたのだが・・・

 

看護作業はなかなか体力も気力もいるもので、これを一人で背負っている人が世の中にはたくさんいらっしゃるのかと想像すると、その大変さに改めて、胸が苦しくなるような思いもした。

 

母は孫たち一人ひとりへ託す遺言の手紙も書き、自分の遺影から装束の色指定、お経をあげるお坊さんは声が良くないとダメ!という自分の葬式の指示ノートを私に託した。その横で、うちの息子は母の手を握って涙を流している。

 

「うーん。これで在宅で生還したら、えらい笑い話になるな~、」と思う自分がいる。

 

まずは体内にたまった余分な水分を体外に出すことがファーストミッション。

 

お塩と生姜が母の帰還をまっている。大笑いをとってやろうと思っている。