母の終活3

在宅介護の初日。様々な立場、役職の専門家が集まって、母の今後の看護について打ち合わせをしてくれた。

【ちょっと偉そうな母】

初めてお会いする方々ばかりなのだが、近所の開業医の若先生、ケアマネージャーさん、介護士さん、皆さんフランクで、医師からは母の最後の症状について起こるだろう可能性と、その対処方法の選択についても説明をしてもらった。

 

母の希望は「延命措置は行わず、できるだけ苦しまずに逝く」というシンプルなもので、それを皆さんが共有してくれる姿は、それそれのスキルを活かしてタスクをこなすプロジェクトチームのようにも映る。

 

このプロジェクトチームのゴールは「母の死」であることで間違いないのだが、今はそれにむかって最善をつくそうというポジティブな意思を感じることができた。それを可能にしているのは母の迷いない明快な意思なのだろう。チームの混乱は最小限で抑えられそうだ。若い医師に「私がもっているカードはこれよ。」と尊厳死協会のカードを見せると、若先生は「訪問介護していて初めてみました。」と感心をしてくれた。医師にもケアマネージャーにも「迷い」が消えたような瞬間だったような気がする。

【記念写真をお願いした。笑顔で!!医師からは初めてです!!と言われました】

それは自分も同様で、これは自分の課せられた宿命的な「仕事」なのだ。と最近は感じるようになってきた。

 

あらかじめ手配をしていた「手当食とその材料」が続々と届いた。

 

昼間、母は非常に元気そうに見えることがあり、特に人が来て、話をする時は顔だけは病人には見えない、動けず座っているしかないのだが、あれこれ細かい要望を伝えてくるので、たまに、これは「死ぬ死ぬ詐欺」なのではないだろうか、と思ってイラっとすることさえあるのだが、夜になって息苦しく眠れない姿を見ると、やはりそう長くはないのかという思いがわき、その落差を消化するのは大変だ。

 

母の病気はネガティブなことに違いないのだが、これを機に家族がさらにお互いの存在の大切さを再確認しているポジティブな面もあるのだ。

 

人生、±ゼロ。良い事の裏に悪い根がはっていたり、悪い事の裏に良い種があったりするものだ。母はきっとそれを直観的にわかって生きてきた人なので、今の状況は最悪であるけど、それを楽しんでいる風情さえ感じることがある。

 

このプロジェクトがどうなるのか、これからも記録していこうと思う。