矢場とんがヤバイらしい

現在の住所は横浜ですが、愛知出身者です。名古屋市の隣にある春日井市に実家があり、高校卒業する18歳までこの土地で暮らしましたが、帰郷するたび、その変貌ぶりに驚きます。

その昔、名古屋は「大いなる田舎」と揶揄され、タレントのタモリさんには散々こきおろされ、ネタにされた時期がありました。

確かに昔の名古屋は野暮ったく、洗練された街とは言いがたいものがありましたが、長閑な風情が漂う名古屋には、ローカルならではの良き文化や食事がありました。

30年前の名古屋から東京にでてきて最初に驚いたのが、朝、喫茶店があいておらず、「モーニング・サービス」がないことと、トンカツ屋のメニューに「みそカツ」がないことでした。

今は「名古屋めし」と呼ばれ、全国的にも有名になった、みそカツ、味噌煮込みうどん、ひつまぶし、きしめんなどがありますが、30年前に東京でトンカツに味噌をつけて食べることを説明すると奇異の目で見られたものです。

当時名古屋ではそこそこ有名であった「矢場とん」が味噌カツを全国展開していることを、昨日、テレビ東京の「カンブリア宮殿」で拝見して、「へぇ〜」となりました。

※サイトより借用 矢場とんの味噌カツ

私の記憶の中にある「矢場とん」は中日ドラゴンズの選手達のユニフォームが飾ってある「ザ・名古屋」というようなディープなお店で、決して綺麗なお店ではなかったような気がします。

その野暮ったかったトンカツ屋が、人気を集めて、全国展開をするようになった舞台裏には、お店の改革を行った名物女将の存在があったようです。

名古屋の大衆食堂を一流のお店・会社へと変貌させるには様々な葛藤や軋轢があったようですが、その手の打ち方、考え方、実行力には見習うべき点が多々ありました。

お店の「弱み」を把握し、これをひとつづつ消していった事。その「弱み」とは女将さん自身が、こんなサービスは受けたくないという感性があってこそ見えてきたものだというのがポイントですが、これを予算の許すところから少しづつ改善していったという経緯に頭が下がりました。

自分のお店の弱みを把握することは、経営者にとって一番大事な嗅覚なのかもしれません。

そういった目線でもう一度自分のショップを見なおそうと思っています。

それにしても、矢場とんの味噌カツ!久しぶりに食べてみたくなりました。

 

追記:矢場とんの公式野球部 BOOSTARSのネーミングもグットですね〜。藤王さんが監督なんだ!!サイトもキレてます!!

http://boostars.jp/modules/member/