怪我の功名?

1週間前、空手の練習中に足の肉離れを起こして、今、満足に歩くことができない状態です。

まず、反省すべきは、筋肉が硬いまま急激な運動をしてしまったことです。油断がありました。もう若くはないのだということをまさに「痛感」したわけです。

塩おやじが住む集合住宅は築40年以上が経過しており、近隣には人生の先輩方が多い地域です。足をかばいながら歩いていると、ユックリ、ユックリ歩いている高齢者の方に追い抜かれ、「あなたも大変ですな」という声をかけられたりします。

ユックリしか歩けないことの歯痒さも当然あるのですが、この状態でしか見えない事、気づけない事もあります。

行動範囲と速度が制限されると、その範囲でやれることを考えて仕事も家事もしなければなりませんが、これが意外と良い感じ。

アレも、コレも、という欲がない分、ひとつひとつの作業に集中できているような気がします。仕事の見切り、「ここは捨てておこう」という判断ができるので、これは怪我の功名かもしれません。

もうひとつは、よく言われることですが、不自由な人の気持ちが少しわかるようになることです。そして、それはネガティブなことばかりではありません。

不自由であることを逆手にとれば、生活はいたってシンプルに、思い煩うことが少なくなります。

急がなくても、十分に満ち足りた時間を満喫できることを知るのです。ボーと、外の緑に目を向ける、新聞をじっくり読み込む、音楽をただ聴く。

「動けない」ことが与えてくれた貴重な時間です。