しょうからなナチュラリスト

日本の山岳写真に新境地を切り開き、高山蝶の生態写真や雪形の研究などで知られる田淵行男氏の生涯をえがいた本を読んでいます。
 
 
少年時代を鳥取県ですごした彼は、「山の子、川の子」であり、豊かな自然環境の中、蝶を追い、木登りで未踏の難物を制覇することに喜びを感じることで、ナチュラリストの下地を作っていきました。
 
大正時代の山陰の村には、手つかずの自然が豊かに残っていたことでしょう。
 
当時の彼の同級生に、彼がどんな少年だったかを尋ねたところ「しようから」の子だったという。「しようから」とは塩辛いという形容詞の転訛したこの地方の方言で、きりっとしていて、ハキハキした物言いをすること、しっかりものの意であるそうです。
 
Googleで「しようから」で検索をしますと、鳥取県の方言として「しょうから」はわんぱくとか、いたずらっ子として使われるようで、「おまいは、しょうからだなぁ」というのは「お前はわんぱく坊主」だな、ということになるようです。
 
良い意味としても、少々困り者に対しても使われる言葉のようですが、要は活発な元気者に対して使われる形容詞だということがわかります。
 
うちに来る塩小僧たちも、わんぱく者が多いことを見ると、やはり塩は子供達の活力なのだと思い、この一節を読んで膝をたたきました。
 
最近は、しようからなきりっとした顔つきの子供より、丸く甘い顔をした子供達が多いように思えるのは、やはり食べ物のせいでしょうか。
70歳を過ぎても蝶を追って山に登ったという田淵氏の原点が少年時代にあるとすれば、少年期の体験や食が人生を左右すると言っても過言ではないでしょう。
 
私自身、肉離れをおこして老け込んでる場合じゃないぞ、と思わせる一書です。
 
塩と水をしっかりとる生活で、徐々に回復をしていこうと思います。