政治を行うための人気とりとして、大衆にとって「おいしい話」をぶらさげるという手法は古代ローマ時代から使われていました。
紀元前の話ですから、人間社会の本質というのはそうそう進化し得ないという事でしょうか?
現代なら、一時給付金や減税などが選挙対策として用いられるのでしょうが、古代ローマでその役割を果たしていたのが「塩」です。
兵士には貨幣のかわりに塩が支給されることがあったローマでは、その塩を「サラリー」と呼んでいました。(サラリーマンの語源ですね。)
貨幣のようにも扱われた塩ですから、古代ローマの政治家たちは人気取りのために塩に補助金を与えたり、塩の価格を操作しました。
ローマ軍に呼びかけるデキウス・ムス
戦費が必要な場合は塩の価格はつりあげられ、あがった利益は軍事費に投入されました。
民意は塩によって操作され、戦争も塩によって行われた時代です。
アントニウスとクレオパトラを海軍遠征(アクティウムの海戦)によって打ち破ったアウグストゥス帝は、開戦前夜にオリーブオイルと塩を無料で民衆に与えることで戦意高揚と人気取りの二つをやってのけました。
民衆は背に腹は変えられず、塩がなければ生きていけないわけですから、政治家たちは民意のアキレス腱である塩をうまく操ることを考えたのでしょう。
現代の政治家が握るのはお金や権利かと思いますが、おいしい話の裏にある政治家の真意を見透かす賢明さが現代の民衆にとっては必要なのかもしれません。
ただ、古代の民と同じように「お金」がいきわたらなくなれば途端に生きていくことに窮してしまう構造の中にいる限り、それはなかなか難しい事でもあろうかと思う塩おやじでもありました