最近、『生類の思考 体液をめぐって』(藤原辰史 著)という本を読み始めました。
体液という、一見するとマニアックなテーマを扱いながら、生命観や社会観にまで思考が広がっていく非常に刺激的な一冊です。その中に、こんな興味深い一節がありました。
無菌のハツカネズミは、通常のハツカネズミより 約1.5倍長生きする。
母体の子宮はクリーンルームのような場所ですが、生まれた瞬間から私たちは微生物にまみれ、さまざまなものに“感染”しながら生きていきます。
つまり「生まれる」という行為そのものが、すでに“感染の始まり”でもある——そんな視点にハッとさせられました。
■ 都会の雑踏に飛び込んだ4日間
11月末から12月2日まで、仕事を兼ねた 東京・千葉の3泊4日遠征をしてきました。
普段は自宅の仕事部屋に籠りがちな私にとって、都会の雑踏はまさに“異界”のよう。
電車の音、人の声、街の匂い。自宅では味わえない刺激が次々と押し寄せてきます。
感染症が流行するこの季節、不安がなかったわけではありません。
「自宅でZOOMにしておけば、移動も感染の心配もないのに」
そんな考えが頭をよぎる瞬間もありました。
でも——。
やっぱり リアルに人に会うという体験には代え難いものがあります。
笑顔や声の抑揚、相手の空気感。これらはオンラインではどうしても薄まってしまうもの。
食事を共にし、何気ない仕草を見て、呼吸を合わせながら話をすることで得られる情報量は、ビデオ会議の何倍にも感じられます。
そして何より、
信頼や絆は、リアルの場でこそ深まる
そんな実感がありました。
■ 無菌であることの“安全”と、“つまらなさ”
本の「無菌」という話と、今回の東京での体験はどこかつながっている気がしました。
安全を最優先するなら、人と会わず、外に出ず、クリーンな環境で仕事だけしていれば良い——たしかにそうです。
でもそれはどこか 生きる面白さや、偶然性 を削いでしまうようにも思えます。
無菌であれば長生きできるかもしれない。
でも「長生き=豊かに生きる」ではない。
人と会うことで、リスクも感染もある。
その度に少しずつ体力も消耗していく。
だけどその“汚れ”や“摩擦”のなかにこそ、
パッションや、新しい発想、たくましく生きる力の源がある ーーそんな気がしています。
(写真)駐車場で車中泊をした朝の夜明け
■ リアルでつながるということは
リアルに人と接することは、いわば毎回少しだけ“命を削っている”ようなものなのかもしれません。
だからこそ、一期一会の出会いや時間を大切にしたい。
クリーンルームのような環境ではアイデアも生まれにくい。
適度に外の空気に触れ、異物に触れ、予想外の出来事に遭遇しながら、私たちはより豊かに、より人間らしく生きていけるのだと思います。
都会の雑踏の中でふと感じた孤独と高揚感。
久々に会った人との会話で得たエネルギー。
そして本から得た「無菌とリアル」の視点。
そのすべてが、これからの日々の生き方を少しだけ変えてくれそうな気がしています。