渋沢敬三と塩俗問答集

民俗学者だった大蔵大臣

渋沢栄一は「日本資本主義の父」とも呼ばれ、明治維新から近代国家の礎をつくる重要な働きをした偉人として知られています。

その孫である「渋沢敬三」の名を知る人は、渋沢栄一を知る人よりも少ないかと思いますが、この方も大蔵大臣や日本銀行総裁を務めた実業家でした。面白い事に、彼には実業家以外に民俗学者としての業績があります。

民俗学の始祖である柳田国男との出会いから民俗学に傾倒し、自宅の屋根裏に「アチック・ミュージアム(屋根裏博物館)」を開設、同好の士が集まり、ここから多くの研究者が育ちました。敬三自身も漁業史を研究しましたが、若い研究者の調査を援助し、研究成果を出版することで、日本民俗学を物心両面から援助したのです。

日本各地から集められた動植物の標本や化石、郷土玩具が収集された屋根裏のサロン。そこで語る若い研究者たちの姿を想像すると、宮崎アニメの1シーンにありそうなシチュエーションですね。

【渋沢敬三アーカイブより】

渋沢敬三は「塩」に関しても大きな関心を寄せており、「塩俗問答集」という書物をまとめています。残念ながら古書として現在この本を手にいれるのは困難なようですが、彼の著作を紹介するサイトを発見し、その中で「塩俗問答集」の一部を拝見することができました。

その内容が非常に面白いので、少しご紹介させていただきます。

塩俗問答集

「上野駅を夜行で立ち、早朝米沢で乗り換え、手ノ子(当時は汽車がここまでしか通じていなかった)から、自動車で小国に入り、折戸で車を捨てて峠を越し、朝日岳麓三面川ぞいの三面村は高橋源蔵さん方にたどりついたのが昭和六年六月中旬。かつて砂金で多少は栄えたものの今はうらぶれた村であるが、目下梨の花盛り「新緑につつまれて明るかった。朝方高橋さんの老母がはげちょろけたうるし塗りの小椀に清浄な水を入れ、それにわざわざ薄汚い塩をつまんで入れて塩水にし、ミゴ箒で神棚その他にかけて他に祈っているのを見て、隠岐島前三度《みたべ》村や出雲大社で老婆が海水を小さな竹筒に汲み海草で神前にふりかけているのと合せ考え、この民俗の地底に、こんな山奥に居ながら、無意識かつ潜在的ではあっても、深く大きく「海」を見ているなと感じ入ったことであった。」(原文ママ)

 

「塩俗問答集」は昭和7年の調査によるもので、ここに納められている塩の民俗はおおかたほろびてしまったのでしょうが、今こそ、この民俗に再びスポットをあてるべきだと塩おやじは考えております。

著書にはいろいろと面白い逸話がでてくるのですが、医学、体内生理学にも通じた渋沢の高い教養レベルを感じさせる内容となっています。

 

「ここに塩について見る。人の血液の中には0.7%くらいの塩化ナトリウム即ち塩を含む。これらの塩は主として諸組織の浸透圧調整作用を司り、これにより体内の老廃物を塩とともに尿中に排泄する。(中略)塩の補給をせぬと人は虚労に陥る。加里(※カリウム)は必ず塩とともに排泄される。従って加里を多く摂り、その排泄が増すと、塩を別段とらずとも塩の排泄も増加する。ところが加里は植物に多く含まれる故、植物性食品を多くとる人あるいは草食動物は常に塩の補給が必要となる。例えば農村人は都会の味噌汁は塩が足りぬといい、都会人は農村の味噌汁からすぎると云う。この差は多く労働量に比例する如く考えられているが、一応は正しい。(中略)農山村の食料構造が概して植物性に偏していることは、これら地方の塩への欲求が比較的強烈となる原因である。」

 

これはナトリウムとカリウムの関係を語ったものですが、その後、話は江戸時代に奥羽地方を襲った飢饉に続きます・・・

 

「総じて飢饉の時、人の死するは、植物のなき故死するばかりにはあらず、数日塩を食せず、脾胃に塩と穀気と共に絶えたる所へ、山野の草根木葉を、塩を加えずして食する故、毒にあたり死するなり。(中略)数日塩を食せざるものには、塩をあたふる了簡すれば餓死人なかるべし」

 

これは飢饉当時に書かれた備忘録を渋沢が引用したものです。

昔の山野で暮らす日本人にとって、塩は大変貴重なものだったようで、塩が不足すると『目が潰れる(盲目になる)』『下の病になる』『口中がただれる』と報じられ、信じられていました。

 

実際に塩は薬として用いられることは昔の日本人にとっては常識であり、胃腸薬、虫さされ、ケガ、打身、虫歯にも使われました。それらを知る日本人はこれからますます減っていくと思いますが、こういった知恵を、少しでも塩おやじは身近な人、特に子供たちに伝えていきたいと思っています。

 

塩不足と体の関係を見抜いたような言葉は各地にありました。『塩気が抜けた(耄碌した)』、『塩たらず(抜けたところある人)』、、なかなか今使うことはありません。芸人が一発ギャグにでもして、流行語にでもなればと思ってしまいます。面白いなぁと思ったのが『大根の白煮』です。これは塩気ない、味気ない男の意となるそうです。

「あんたは本当に大根の白煮ね!」と言われぬよう、せいぜい面白おかしく頑張らねばなりません。

この『塩俗問答集』には他にも様々、今ではすたれてしまったけど、有効な塩の使い方が載っていますので、興味のある方は是非、こちらのサイトをのぞいてみてください。

渋沢敬三アーカイブ (渋沢敬三記念事業 公式サイト)

塩ー『塩俗問答集』を中心として